第二話「黄薔薇まっしぐら」

しみじみとしたおかしみ、と言うのがおそらく適当と思われるおかしみのある話でした。
卒業を間近に控えた、ロサ・フェティダの通り名を持つ鳥居江利子の不行跡が疑われるというスキャンダル騒ぎの顛末が描かれています。
複数の男性との交際という俗で下世話な題材であるにもかかわらず、また作品の軽妙な表題にもかかわらず、そこから予想されるであろうコミカルな要素は少ししか表れてきません。真相を知らないが故に愚者の役割を演じてしまう者に対する、同情を含んだ揶揄の視点が物語の中にほとんどないからです。知らないことに由来する戸惑いは祐巳に集約されて描かれています。しかし手を拱いているだけで、しかも私心が無い故にほのぼのとした雰囲気が出ていますが、あまり笑いを誘うものではありません。
不測の事態に対する登場人物それぞれの現実的な判断力が強調されており、むしろその判断の方に興味をそそられるものです。
武嶋蔦子から突然、江利子の問題の写真の処分を任された祐巳は困惑します。会合の席で気もそぞろに祥子、令、由乃志摩子と一巡して観察し、相談を諦めるのは微笑ましいところです。普段の付き合いから作ってきたイメージに基づいて人に対するのは必要なことですが、見逃している可能性があるかも知れません。祐巳も決して山百合会のメンバーを信頼していないわけではないのでしょうが、日頃の苦労が偲ばれるというものです。由乃祐巳の掴み所のない物の尋ね方を責め、要するに援助交際にしか聞こえないと言います。祐巳にとっては直截に過ぎる表現だったのですが、しかし折り悪く妨げられることなく、由乃に全てを話していたならばそれほど悩むことにはならなかったもしれません。
運良く出会った聖は江利子についての解説役を買って出、刺激を求めてやまないがための贅沢な悩みを持っているのだと言います。一方蓉子も江利子のことを良く知っており、写真を見ても驚かず、興味深げにするだけです。写真の中で一人だけ浮いた存在を指して江利子の恋の相手だろうと見抜くのは随分早すぎるような気もします。
江利子祐巳のやり取りを盗み聞いて報道記事ならぬ小説にまとめた築山三奈子の先走りと、関係あるらしいからと見かけた男を連れて来る蔦子の機転により、関係者一同が生活指導室に集まることになります。写真の中で江利子の相手となっていたのは親族であったことが分かりますが、ねじ込みに来た割には誰にもほとんど相手にされていません。
江利子の突然の結婚の申し出に一同呆気に取られますが、これに答える山辺氏は極めて魅力的に描かれています。訳も分からず蔦子に呼び込まれた戸惑いも冷めないうちに、朴訥ながらも理路整然と理由が無いと断りの文句を述べるのは、篤実な人柄を窺わせます。
しかし江利子も負けてはおらず、では自分のことを良く知ってもらいたいと返すのはしたたかです。
聖と学園長の後押しがあり、交際が皆の前で認められてしまって事件は呆気なく終わります。隣の学校の講師なので、学園長も山辺氏をある程度見知っていたのかもしれません。しかし、その場で即座に信頼するに足ると判断したのなら随分決断力があると言えます。
さて、何もできなかった祐巳ですが、江利子の生き方が何ものにもとらわれない猫に似ているのではというささやかな洞察を得るに至りました。学園内で人によって好き勝手な名前で呼ばれており、聖に倣って江利子もそう呼ぶのだという野良猫の「ゴロンタ」は丸々と肥えて充分に可愛がられている様子です。しかし、愛玩動物とは程遠いふてぶてしさをも漂わせています。
祐巳は驚いてばかりでしたが、しかし後から深く考えを致したのは事件の収束のしかたの方であったかも知れません。
到底真似ることのできない驚異のものとして映ったであろう、鮮烈な印象を祐巳への置き土産にして江利子は卒業していきます。荒唐無稽になりかねない要素を多分に含みつつ、しかし同時に、地に足の着いた大人の世界も展開されようとしています。友達からなら良いという交際の了解を取り付けた江利子には、茫漠とはしているが刺激に満ちた未来が約束されているのでしょう。

ちょいと一言

逢瀬の描写と取り違えさせるような冒頭のミステリ仕立ての場面で、うさぎちゃんみたいで可愛いと実の妹の服を褒める兄というのは何ともちぐはぐであり、そう言われても江利子が全く嬉しくないのは容易に想像がつくところです。待ち合わせの場所とされた天井の高い豪奢な雰囲気の建物が、さらに違和感を増大させています。世の中の大抵のことに飽きてしまい、優秀さを争う競争からも下りてしまったという江利子は、兄たちの盲愛をあり難く、しかし同時に疎ましく思いつつ、今一つ納得のいかないずれた賞賛ばかりを受けているうちに白けてしまったようにも取れます。

■次回予告 Transparencyさま制作