瞳子と「演劇」を中心に⑭ ― 内面の探索と受容

未来の白地図』、新宿マイシィティの有隣堂で買ってきました。二時の時点でサイン会の整理番号は76番。ああ、ついに生の今野先生に。
…さて。

主体的な努力がされていた

「女優業に専念する」と言って「パラさし」以降あまり登場していない瞳子ですが、その間に演劇に相当傾倒していたことがわかります。
ジョアナ」での独白からはジェニー・スノウ、ディビス先生だってマーチ伯母さんだって演じ分けることができる、さらに「私以上にエイミーを掴んでいる役者はいない」と大変な勢いです。
そこに至るまでには思いつくだけでも多くの過程が必要であることがわかります。
・物語の筋の把握
直接関係の無い役や物語の部分にまで言及があることからは、物語全体に対する理解も熱心に試みていたと言えます。
・役(キャラクター)の把握
どのような人物であるかを具体的にイメージできる。そして個々の場面で、その人物ならどのような気持ちになり、どのような行動をするかが実感でき、それに相応しい言動が劇の進行に沿って自然にできるようになる。
…と、いったところでしょうか。セリフをなぞることを超えた諸々が必要です。
ここで「役を掴む」という表現がされ、そして練習にも熱心だったということは、地では到底できないものを主体的に獲得していったという実感が瞳子にはあったのではないかと思われます。「間違ったり試行錯誤して当然」、すなわちエイミーというのは瞳子にとって「他者」であり、相当な努力の末にやっと立ち表れるに至ったのではなかったでしょうか。その実感の上に立って、「エイミーをやりたい」と強い未練を表白しているのです。

自由にして保護された空間

若草物語」が持つ家庭的な温かさ、その中でも殊に可愛がられているエイミーという立場が役として難しかったのでは、などという想像もできるのですが…。さらに言えば、12歳前後という比較的低年齢なのも気になるところです。自分と同年齢なのが一番やりやすいのか、下の年齢の方がやりやすいのか。明らかに大人の役であれば却って想像で補うのみで済むものかもしれません。エイミーに本当に「なりきる」ことに注力するならば、自らの過去も振り返り、それと照らし合わせながら役を作ることも必要だったと思われます。
ここで演劇という「場」について考えます。セリフをトチれば咎められるといったこともありつつ、感情との関わりということについては、何をしても自由で安全なところということが言えるでしょう。もし失敗してもそれは演技上の失敗にすぎません。現実とは異なる虚構であるという約束事と枠組みの中で、あまり普段は感じていないものを感じとったりする機会も増すのです。
以上のことにより、このように考えます。瞳子は役を作ろうとする過程で、その役に不可欠な新しい感情、あるいは逆に抑えなければならない不適切な自らの感情に気づき、顕在化させていったのではないか。役という「他者」を通じて、その母体であり、同時に対向する存在である自分自身が明確になっていったのではないかと。
そしてもしかすると「ジョアナ」にみられる寂しさと投げ槍な怒りの雰囲気も、役作りの上での副産物のように出てきたものなのかもしれません。すなわち、知らず知らずのうちに自らの内面を探索し、押さえ込んでいた影の部分を顕在化させてしまったように思われます。
しかしそのような過程も含めて「お芝居が好き」なのが瞳子だと、祐巳は見抜いたのです。以後の「演技の幅が広がった」という評価は、あまり快適でないものも含めた、今までよりも幅広い内面を持つに至りそれを受容しつつあるということと緩やかな対応関係にあるのだと思います。
すると「特別でないただの一日」で祐巳の手をぎゅっと握り返したところからは、こんな含意も感じ取れるのです。私は結局のところエイミーではない。それでも演じ切ることができて満足だ、と。

付記

ただ、「他者を生きる」というのとは一見正反対の体験様式もあるようです。興味深いことに心理劇の最初の事例(創始のきっかけとなったこと)は、「家庭においては怒りと暴力を頻発させていたとある女優は、舞台の上では純な乙女の役を演じ続けていた。しかし指示によって悪女専門の女優として訓練を積むと問題が消失していった」というものです。自分自身を決まった枠組みの中で再体験することで受け入れることができるようになった、ということでしょうか。
すると、上記とはまた別の面が見えてきます。
"エイミー"が瞳子のペルソナ(周りと向き合うための姿勢であり、普通は強固なものです)を表わすとしたら、演劇の中でそれを再体験することにより、拘束から離れることができるようになったのではないかと。「エイミーでなければならない」状態から「エイミーでいることもできる」状態への移行です。これは間接的に演技の幅が広がることにもつながるものでしょう。
[▽続きます]