瞳子と「演劇」を中心に⑤ 根の深さとのたたかい

直截な解決は無い話

ただ、前記のような問題をマリみては掲げ始めたのではないかとの推測をするとしても、問題の提示とその解決というような直截なものではなく、問題の提示に続く希望の提示という形になるのかもしれません。その希望はスール制度のもたらす希望であっても良いと思います。今までどうしても生きてこれず、欠けていた側面がスール制度の中に生きることで次第に補われていくであろうという予感を抱かせる。祥子はそういう描かれ方がされていますね。それでこそいろいろな機能・役割を果たすことを示してきた制度の突き詰めた形での意義も出てくると思います。だから瞳子も…、などと思うのですがそれらは勝手な思い入れというものですし、先走り過ぎました。
ジョアナ」の意義を考えると、瞳子のいわゆる「黒くなった」状態、平常心を相当失ったいわば鬱状態で出てくる本心をなぞったものと考えられます。その中にあっても人形「ジョアナ」はすぐに否定されなければならない存在であり、急に取り扱えるものではないのですね。
そして「特別でないただの一日」でのエイミーがぎゅっと手を握り返してきたという描写を素直にとらえ、エイミーは瞳子の平常な状態を表すと考えるとすると、瞳子の根底にあるが日頃は強く抑圧されたものを垣間見せたということになると思います。そろそろエイミーに戻らなければというのは否定的な感情に浸っていないで平常心を取り戻さねばということであり、時間を置いて平常に戻った、ということになるからです。
では瞳子の苦悩はどんなあり方をしているのかを見る前に、マリみてで描かれる苦悩(という言い方が不適切であれば人物それぞれの闘い方)にはどんな特徴があるかを見てみたいと思います。

「私の素質」という名の苦悩

いかにも生き辛そうと思われるのがかつての佐藤聖志摩子、祥子ですね。そして意外なことにというか当然のことにというべきか、主に本人の生来のもの、少なくともそれに近いものとの葛藤が描かれてきたと思うのです。祥子の場合は「家」という境遇が随分大きなものではありますが。
志摩子には、確かに寺の娘という「境遇」がありました。しかしそれは必ずしも本体ではなく、内から湧いて出てくるような(すなわち生来の)信仰心との関わりが問題となり、境遇はその信仰心のありようを示す鏡となりました。そして続いて描かれた「ロザリオの滴」では志摩子の性質により純化した形で焦点が当たりました。
そして佐藤聖の場合もそうです。「白き花びら」の終盤は、久保栞と別れた後お姉さまに守られ、置き土産のアドバイスをもらって季節の移ろいと共に寂しく時を過ごした様子が抑えた筆致で語られて結ばれています。しかし「片手だけつないで」での冒頭では打って変わって、聖が激しく傷ついている様子が描かれます。その傷つきは、つまるところ問題は自らにあったと認めたことによります。もはや退路はないとばかり突進し、マリア像の前でキスを迫って頬をはたかれた貪婪さ、攻撃性が良くなかったのだと。それは常人ではなかなか持ち得ない純粋さ、集中力でもあります。久保栞に出会ったことで起きたことですが、聖は今まで全く気付かなかった傾向が自らにあることを思い知らされています。
聖や志摩子の苦悩というのは、珍しいと言えるかどうかは分かりませんが同じ年齢の者が持つ悩みとしては少し変わっています。しかしそれでも共感を得られるのは厳しい境遇と闘い辛い思いをしたからというより、抜き難い自らの素質とどう向き合ったら良いのかという形で語られているからかと思います。特に聖の場合は辛いことがあったから変わったと単にいうより、できごとによる「気づき」をきっかけにして、主体的に自己形成してゆくことの必要性を強く感じていったのではないでしょうか。そこには自身の性質に対する眼差しが感じられます。
それでは、これと対照的と思われる祐巳の場合はどうなるでしょうか。

付記・始めてお見かけしたのは聖さまでした

マリみてを知ったのは割合最近のことで、一期のアニメ放送第11話「白き花びら」の回でした。「十兵衛ちゃん2」を目当てにして録画していたのですが、その日たまたま深夜に起きていてテレビで生で見ておこうと。(アニメ全般については好きで良く見る、といった程度です。)
少し早めにテレビを付けたところ、薔薇の花を背景にしたオープニング。女性ばかりなので宝塚風のところを舞台とした少女漫画が原作のアニメなのかなという印象を受けました。
そこへ聖さま登場。長い髪の割には中性的な顔立ち。世を拗ねたようにしているのはうるおいのある生活を送る元気な高校生という典型的なイメージの逆です。しかしこれも思春期の一つの姿なのだろうか、などと思っているうちに栞さんに突撃。
見終わって、ショックを受けました。何が悪かったのかと思いました。何かすごいものを見たと思いました。学園の仲間たちが待っている、夢から醒めたようなラストシーンの明るさが印象的でした。
ネットを見るともともと小説で評判が高いと知り、翌日《無印》を一冊購入しました。後は止まらず、若干睡眠不足になりつつ次の放映日がくるまでに「チャオ ソレッラ!」まで全部読みました。
ファンサイトの絵を見るのは好きなのですが絵心は全くなし。二期のアニメが始まるのを機会に何かやりたいなと思い、ただ思ったことを書くというのを始め、今に至ります。
[▽続きます]