「特別でないただの一日」①

全体の印象
いやあ、実に楽しませていただきました。
いろいろな果物が外にまでこぼれかけた果物籠をイメージできるような作品ですね。学園という場、そして特に学園祭という外に向かって開かれるいるときに祐巳瞳子、可南子を軸に登場人物が多数登場し、物語はせわしなく進んでいきます。マリみては楽しさや幸福感についても相当力を注いで描かれていると思います。幸福感は、スールの間で生じるものについて深刻なテーマとは別に描かれてきています。そして楽しさは、お互いの仲間意識より生じてくる部分が大きいと思われますが、学園祭という題材は特にこれに合ったものなのでしょう。瞳子や可南子も、正式なメンバーでないにもかかわらず、既に山百合会に溶け込み始めている様子です。
物語の枠組みに注目すると、可南子の持っていた葛藤が多数の人物の見守る中、学園の外からやってきた人物によって解れていったことが目立ちます。もともと閉じられた空間のようでありながらそれに拘泥せず、幅を持った展開をしようとしているのでしょう。リリアンが外に広がるのか、外の世界がリリアンに取り込まれていくのか。どちらのようにも取れます。ここで語られる話は、今までにはない種類の趣きを持っていました。
謎の多い描かれ方をしてきた瞳子や可南子が、表情豊かであったのも良かったです。そして作品が明るく爽やかなのは、「困難を排しての受容」というテーマが流れているからではないかと思われます。
ただ、祐巳の視点からマリみてに厳しい世界をも求めている人にはやや物足りなかったかも知れないとも思います。祐巳の成長振りは著しいのですが、深刻な悩み方をしているわけではありません。集大成としての状態を明らかにし、さて仕切りなおしをしようといった風情です。
終盤において、副題の題意を語る祥子の言葉に祐巳は感極まります。関係は変わらなくあるから「特別でない」日なのだ、というレトリックは、スールの関係を長く描いてきたマリみてにふさわしく、目が覚めるようです。祥子は、登場時の水野蓉子がそうであったようにいよいよ後見役として祐巳の背後から見守る役割を果たそうとしているようです。そして蓉子が卒業しても一生祥子の姉であると言ったように、一過性のものではない、普遍性をもった関係を暗示しているようでもあります。個別具体的なものから、より高次のものの存在が垣間見えるという、まさにマリみてに時に現れる恍惚のひとときです。
さて不意を突くように妹を作りなさいと言う祥子ですが、「決して容易ではない」課題として改めて宣言されたところに安心感やら満足感やらを覚えました。瞳子や可南子は「妹候補」として捉えられてきましたが、「妹」としての関係性の下地は、ほとんど描かれてきていません。祐巳は二人に関しては事情はどうあれ辛い思いをしたこともあり、それを今の状態にまでしたのは驚くべきことです。しかしそれでも、瞳子や可南子はストーリーの重要な役を果たしてきてきたキャラクタなのであって、それは「妹」としてどうか、という文脈とはあまり関係が無かったように思われます。
最後の挿絵での、祥子の厳しそうな眼差しが印象的です。祐巳が将来、寂しくならないように慮った言葉のように取れます。しかしそれ以上に、スールの関係というものの厳しい側面が語られるのではないか、祥子はそれを予想しているのではないかと思わされます。祐巳は祥子に対するのとはまた別の形で、鍛えられてゆくのではないかと期待します。